実写映画「銀魂」続編公開決定と例の記事について

お久しぶりです。

昨年、このブログで実写本編、ドラマ本編、舞台挨拶などのレポートや感想を書いたきり使用していなかったのですが、公開決定のニュースが発表されると同時に今の時点で個人的に思うところがあり、記録も兼ねて銀魂オタクとしての気持ちを整理しようと思い書き起こす事にしました。

 

前回、前々回の投稿記事を見ていただければわかりますが、この映画に対しては完全に否定派です。

銀魂原作は勿論大好きですし、アニメ、小説、リアルライブイベント、グッズ展開もとても有難く楽しませてもらっているファンの一人です。

映画に関して素直に嬉しい、楽しいと感じている方の閲覧は推奨いたしません。

 

 

続編公開決定について

 

ciatr.jp

 

まさかもうやらないだろうと思っていたのですが、決定しましたね。

公開してからは、熱心にレビューや評価を漁っていないのですが、凄く喜んでる人もいればもう二度と見たくないという意見の人を見かけました。

公開当時は絶賛ばかりの意見の中、ちらほらと作品の内容や疑問点に対して明確に突っ込んだ意見も出てきて…という流れだったのを覚えています。

当時の絶賛意見ばかりだったのは公式ツイッターやプレミアイベント、舞台挨拶イベントでかなり執拗に「とにかくSNSで誉めて広めて」という圧力を受けた影響が大きいと個人的には思っています。

内容に関しては以前の記事で散々書いたので控えますが、否定派だとかそういったスタンスを抜きにしても映画としてとても面白いとは思えませんでした。

普段銀魂に興味のない知人もつまらなかったと言っている一方、複数回観に行ったよ!という方もいたので賛否両論であり、個人的には「何もかもが空回りでとにかく中途半端」といった印象だけが残りました。

 

www.animatetimes.com

 

わりと原作ファンの間では様々な意味で荒れてたな、という認識だったのですが、売り上げを見るとかなりの好記録だったんですね。

海外での公開などの展開もされていったようですが、もう実写の情報を追いかける事が本当に苦しくなってしまい関連記事を見ていなかったので、この記事を書くためにいろいろと調べて初めて知りました。

 

冒頭で紹介させていただいた記事の中では詳しく明記されていませんでしたが、小栗さんが「もしかしたら俺の出番が減るかも」といった旨の発言もされていたそうですし、以前のインタビュー記事や監督の発言、第一弾が紅桜篇だったこともあり、真選組メインの話か、将軍暗殺篇かな…と予想しています。ミツバ篇ドラマの方は実写映画よりも好評でしたし。

現在放送されていたポロリ篇にそれはもう浮かれて喜んで毎週ジャンプと一緒に生きる楽しみにしていたのですが、公開決定のニュース記事を見た瞬間、また一年いろんな感情が爆発するのか…とか、もうこれ以上触れないでほしい、とか、とにかくもう落ち込んでしまいました。

そこで今月に入ってツイッターでRTされてきたこの記事を見て、止めを刺されたような気分になりました。

 

entertainmentstation.jp

 

噂では、公開当時のインタビューラッシュにあわせ、映画公式アカウントもインタビュー記事の紹介RTを盛んに行っていましたが、この記事だけはRTされなかったとかなんとか…というものです。

そりゃされないよ。これがRTされたら、もう原作ファンは誰も観に行かないよ。何もかもに水を差した、ファンも、関係者も、何もかもをバカにしている発言だと感じました。

詳しくはしっかりとリンク先を読んでいただきたいのですが、特に引っ掛かった文章を引用します。

 

 僕ね、「銀魂」のファンの方々にひとこと言わせていただきたいんですよ。

実写版をヒットさせないと、「銀魂」の新作を観られなくなりますよ、と。原作の完結もそう遠くないですし、ということはアニメも終わってしまうというわけで、あなた方は「銀魂」ロスになってしまいますよ、と。そうならないためにも実写版「銀魂」がソフトとして残るようにですね、映画館へ行きましょうよ、と声を大にして言いたいです! 

ここ太字にしてくださいね(笑)。

  

 

この人は銀魂を、他人の作品を、銀魂を応援している人を、一体何だと思っているのでしょうか?

実写版が売れなければ銀魂の新作を観られなくなる、銀魂を今後も存続させたいのならヒットさせろという脅迫に見えました。

今まで漫画原作の実写映画や、アニメ映画などは多数公開されてきましたが、ここまで露骨に原作本体を人質にとって自分の映画を成功させようとする監督っていたんでしょうか。

劇場特典で客を取ろうとするとか、そういったレベルではありません。まるで作品の今後の運命を監督が握っているかのような発言としか思えません。実際にそういった権限がある、ないとはまた別問題です。今も続いている原作、アニメがある作品に対してこのような発言を映画公開真っ最中にする行為自体が信じられません。

 

映画作品に限らず、漫画、アニメ、スポーツ、ライブ…なんにでも言えることですが、作品が面白ければみんな自然と友人や家族に勧めると思います。今度一緒に観に行こうよとか、一人でもう一回観に行こう、DVDが出たら買おう…誰が強制するでもなく、自分が素晴らしいと思ったものには自らが積極的にその作品へ心惹かれ行動していくものだと思います。

銀魂を語るうえで度々持ち出される話ですが、連載当初は打ち切りの危機もあった。それが今、10年以上続いて、アニメにもなって、国技館でイベントを何度も行って、コラボイベント、グッズ…数えきれないほど広がっていって、今もそれは続いています。

そういった広がりを、この映画の興行収入一つで潰すことも存続させることも出来るんだよ、だから頑張って観に来て知り合いにも勧めてよと言っているわけです。

それは勿論、この発言はインタビューの場だけの冗談やノリなのかもしれません、監督としてはもちろん映画のヒットを望みますし、ソフトとして残したい。それは勿論わかっていますが、だとしても、ファンを扇動するための言葉の選び方が、あまりにもファンをバカにしている。そう思えてなりません。

 

銀魂もいつか終わるし、アニメだって終わります。そんなの誰だってわかってて応援しているわけです。

私は人生の半分以上の年数を、銀魂を読んで過ごしてきました。そんな銀魂が終わるのは、銀魂ロスどころか人生ロスです。自分の身体の半分が引き裂かれるようなものです。辛いです、終わってほしくないです。

以前、銀魂初の原画展「大銀魂展~ツケが回る前にケツを拭け~」が開催され、その展示用に特別に書き下ろされた空知先生のコメントの中に「(読者の)皆さんとゴールテープを切りたいと考えております。それが僕なりの銀魂なりのケツの拭き方です」というものがありました。(コメントの中のほんの一文です)

原画展の展示内容もあわせてこのコメントを読んだときに、「空知先生と、空知先生が描く作品を好きになれて、応援することが出来て本当に幸せだ」と改めて思ったものです。

きっと私以外にも、そういう風に感じた方がたくさんたくさんいらっしゃって、だからこそ銀魂も続いている、そしてまたそれを応援出来ている、という風に思っていました。そんな空知先生だからこそ、アニメ銀魂関係者の皆様ももっとより良いものを!と奮起し、偉い人に大目玉くらってもある日突然丸坊主になるスタッフがいても、ずっと続けてきてくださったのだと思っていました。

そういう思いを、何もかもを台無しにするコメントでしかありません。

実写映画が面白くて一番弄られたくない部分を改変されてストーリーを捻じ曲げられて作られたものでなければ喜べたんだと思います。

やっぱり何度考えてもあの映画での銀時の言動も、鉄矢への冒涜発言も許せません。

 

確かにヒットしたからこそアニメのポロリ篇や、様々なコラボも決定したのかもしれませんが、それももう素直に万歳と喜ぶことが出来ません。

今まで実写映画がなくてもやってこれたしいろんな展開も出来ていたのに、難しいとオファーを断り続けていた実写映画が決定して、その映画が売れなければずっと原作漫画とアニメが積み上げてきた銀魂そのものがなくなるよ、そうなりたくなければ観なければいけないよ、なんて銀魂に関わるコンテンツ全てを人質に取られているようなものです。

そんな姑息で卑怯な発言をしなくても、本当に面白い作品はしっかりと観た人の中で愛されます。本当に面白い映画だと胸を張って言えるのなら、必死に拡散を望まなくても記録にも記憶にも残る作品になっていると思います。

 

上記リンク先の記事でも、

「僕は「銀魂」ファンのツボを絶対にはずさないですから。それは(原作の)空知さんと話していて確証を得たんです。」

 と仰っていますが、空知先生が太鼓判を押したからといってファン全員がそれを認めなければいけない、受け入れられなければファンじゃないというわけではないと思うんですよ。

そして何よりも、空知先生からの確証を得たからと言って、何でもやっていい、言っていいという訳でもないと思います。

 

監督ご自身のツイッターで色々と記事に関してツイートもされていますが、これを読んで怒ったり不快感を示したファンの方たちは、この記事一つだけで怒っている方だけではないと思います。

2017年8月に公開された記事が今になって批判されているのは、実写映画化決定から公開、そして今までに至るまでの映画本編の内容を含め、インタビュー、ビジュアルブックの内容など、今までの小さな不信感が積み重なってきた一つの結果だと思っています。

一緒に守っていこうとか、銀魂を守ろうと思う行為がおこがましいだなんて私は思っていません。

銀魂を守ろうとしている人が、あんなひどい改変に改変を重ねた映画を作るとは思えないから、守ろうとしている人がメディアに対するリップサービスで軽率な発言を繰り返すことが信じられないからなのです。

そういった発言の積み重ねで、今は監督ご自身が仰るような「銀魂が大好きで守りたい人間」とは思えなくなりました。

 

以前はポジティブに、実写で落ち込んでしまっても銀魂そのものが素敵な事には変わらないから応援しよう!とか思えていたのですが、こういった記事を読むとただただ呆然としてしまうばかりです。

どうしても映画そのものよりも、監督の言動や告知方法などに対して怒りを覚える点が多く、オタク特有の過剰反応みたいになってしまうのですが、やはり他人が命がけで作った作品の名前を背負って映画を作りそれを広める以上は、もっと自身の言動の影響を慎重に考えて発信していただきたいなという気持ちが大きいです。

 必要以上に腰を低くして媚びへつらえとか、銀魂を汚すなとか、守りたいとかおこがましいとかそんなことではなく、単純に誠意ある言葉の選び方をして正々堂々と映画を売り込んでいただきたいと思いました。

 

 

長くなってしまいましたが、ここまで読んでいただき有難うございました。

大阪舞台挨拶、ミツバ篇ドラマ、ビジュアルブック

前回のブログを思っていたよりたくさんの方に読んでいただいたようで、驚いています。ありがとうございます。

前回、今回の記事を書いた目的は自分自身の感想を改めてアウトプットしてまとめる為ですが、微力ではありますが他の方も感想を言い出せるきっかけになれればというものがあります。あと単純に怒り任せで言葉足らずな部分が多いので冷静に書き直したいと思い筆を執りました。

前提として私は連載年数と同じ年数を追いかけてきた原作ファンであり、アニメ銀魂、小説版銀魂(3Z)が好きで、監督、監督の制作された作品はヨシヒコと33分探偵をちょろっと見たことがあるだけでファンとかそういう以前に無知な立場です。

監督、監督が制作された作品のファン、映画・ドラマ・ビジュアルブック未視聴の方、今回の映画めっちゃ最高だったという方にはこの記事を読むことを推奨しません。 

 

この記事もネタバレ、私自身の考察や感想がありますのでご注意ください

 

大阪舞台挨拶レポート・感想

試写会には当選しましたが、ジャパンプレミア、公開当日の舞台挨拶には落選したので7月15日に大阪ステーションシティシネマ、梅田ブルク7での舞台挨拶に行きました。日にちが立っているので少しうろ覚えなのですが大体こんな感じだったんだな、と認識していただければと思います。

映画の公式ツイッターアカウントでは記載されていなかったものも多かったので参考にしていただければ。

 

一回目

本編上映後に30分ほどの舞台挨拶。

主に近藤さんを演じる中村勘九郎さんの話題をメインとして監督がずっとしゃべる感じでした。

・冒頭で近藤さんがお妙さんを追いかけ飛び掛かるシーンで、本人から「どうしても飛び上がったときに股間から蜂蜜をたらしたい」とのことで、撮影の待機中に一生懸命内股になって褌や股間に蜂蜜を溜めていた。

・道場で全裸で素振りをするシーン、もちろん最初は勘九郎さんの事務所側から「前貼りでお願いします」と通されたが10分後に本人から「全裸でやる」と申告。監督は「CGで処理するからどっちでもいいんだよ!本当に!」というスタンスだったが全裸で決行。しかし撮影直前に緊張からか勘九郎さんの勘九郎さんが縮こまってしまったそうで「あとからCGで大きく修正しておいてください」とお願いされた。

というエピソードを、みなさん爆笑しながら語っておられました。

劇場に来ていたファンもみんな楽しそうな反応で、私も一人で行ったのですが思わず笑ってしまいました。

そして「今日観に来られた方の中で、原作ファンだって方は挙手してください」という流れもあったのですが、原作・アニメファンと全く原作を知らない層がだいたい半々くらいだったように見えました。

 

二回目

こちらも本編上映後の挨拶。

・「カットされたシーンはありますか?」という質問。以下すべて監督だけが回答しています。

「新八が船に乗り込み、武市と服のボタンについて会話するシーン。本当は10分くらいずっと喋ってる。だからまた子も笑ってしまい、後ろを向いたが後ろでは磔にされた神楽(画面からは見切れているので)がめちゃくちゃ爆笑してる。その様子も面白くてやべえ!と思って横を向いたらまだ武市がモニョモニョしゃべってて我慢するのに大変だったのに笑ったシーンを使ったので怒られた」

「似蔵との闘い終盤、鉄子を庇い命を落とした鉄矢へ、鉄子が「いつもみたいに大きな声で言ってくれないと聞こえないよ!!」と叫んだ後に、本当はもう一度生き返らせて「立派な鍛冶屋になれよーーー!!」と大声で叫ばせようかと思ったが、プロデューサーから「ここ泣かせるシーンなんで…」と止められた」

 

前半のまた子エピソードなんかは微笑ましく会場も笑いながら聞いていたのですが、後半の回答を聞いてあまりにもひどい内容に一瞬ポカーンとなりました。笑い声も心なしか控え目。

公式アカウントではこの件を一切ツイートしていませんが、こんなこと有り得ないでしょう。

何のための紅桜ですか?鉄矢がどんな思いを抱えてずっと刀と向き合ってきて紅桜を生み出したのかをついさっきまで語られていませんでしたか?鉄子がどれだけ鉄矢を思い、そして銀時に刀を託したのか、そして高杉がこのような兵器に手を出したのか。プロデューサーに止められるまでこれを観た人がどんな気持ちになるか考えもしなかったのでしょうか?

なるべく感情的にならないようにしてきましたが、もうここで我慢の限界でした。

試写会で既にモヤモヤしていましたが、それでも舞台挨拶を生で観れば気持ちも変わるかもしれない、もう一度映画を見直せば見る目が変わるかもしれないと思いましたが限界でした。

「●●のインタビューではこういう風に言っていたから、こうしたかったのかも…」という意見をちらほらと見かけましたが、そもそも映画でも重要なポイントを、雑誌やネットコラムを必死に追いかけてインタビューを熟読してやっと納得出来るか出来ないかという状態にさせるのってどうなんですか?

映画ではしばしば裏事情なんかが後日監督やスタッフに語られたりしますが、本当に見せたい場面や絶対に重要視しておかなければならない場面もインタビューにして書かなければ視聴者へ伝わらないってどうなんですか?

あと、この鉄矢の件はビジュアルブックにも掲載されていましたが、ビジュアルブックでの文章と舞台挨拶で観た印象が当然だけど全然違いました。

ビジュアルブックでは淡々と流すように語られてましたが、舞台挨拶会場では監督自身が爆笑しながら語っていたので余計に「そこ面白くしていいとこじゃないと思うんだけど」と怒りとかも通り越して青ざめました。これは本当あの現場にいた方にしかわからないニュアンスなんですが、一つ言えるのは明らかにビジュアルブックでの語られ方とは違うということです。

銀魂だからこう!とかそういった問題とはまた別次元の問題だと思います。

この辺のことはまた後述します。

 

ミツバ篇オリジナルドラマ感想

※めちゃくちゃ個人的な感想です。 

 

一言で言えば何でこれを映画でやらなかったの?です。

恐らくなのですが、映画を観てからこのドラマを観たからだと思います。映画でガックリ落とされたところなので相対的にこのドラマ自体の評価もあがってるんだと思います。

ただ、じゃあこのドラマ単品だけ作られて見せられたら、その時に最高!!5000兆点!!と言えるのかと考えると自信がありませんし、映画を観た後という状況でもなかなか万歳!と両手をあげることは出来ずに前屈みになって片手を挙手するふりをして頭を掻くくらいの気持ちです。

映画本編と違って「…ん?」とじんわりモヤモヤする点が多かったのですが、その度に柳楽さん、吉沢さん、中村さんの演技と迫力が吹っ飛ばしてくれるんですよね、そしてまた演出的な部分や細かい台詞の変更で「あれ?」となる、と繰り返してるうちに一時間が終わる感じでした。

 

まず何より真っ先に、冒頭の監督、ムロさん、佐藤さんのそれいりますか?

あれってたぶんアニメリスペクトなんだと思いますけど、そもそも「アニメでまさかの映像使い回して、しかも他局の名物番組のパロやっちゃって、アニメ本編を誰よりも知ってる万事屋が笑って遊んで楽しんでる」「中身のおっさん(高松監督)がぼそっと裏の制作事情を喋ってみる」っていう二重、三重の下地があっての面白さだし、実写のように何回も何分もやっちゃ飽きちゃう、というかそのやり取りがまず「それ自分もやりたかっただけだろ」と突っ込まざるを得ない内容なんですよね。

舞台挨拶やらその他宣伝番組でも思ってましたけど、「原作知らないよ」アピールってあんなに頻繁にするものなんでしょうか。

漫画原作の実写映画における脚本、台本って当然だけど大元は漫画そのものじゃないですか。それを読んでないや、っていうのはほかの舞台や映画作品でいえば台本を渡されずにアドリブでやっちゃうようなもんだと感じますし、あとこういうのはファンだからこそ感じるもんですが「知らないのにやんないでよ!!」って思ってしまいます。

そりゃ単行本が60巻以上出ている漫画ですし、全部撮影までに読め!!なんてのはお忙しい役者さんたちにとっては難しい、アニメに出演されている声優さんでも「あえて先々を読まないようにしている」方がいるということは知っていますが、それでもほかの役者さんの中には「読みました!全巻買っちゃいました!」なんて嬉し過ぎることを言ってくださる方もいますよね。

ただ知らないならまだしも、作ってる一番偉い人が「ミツバって誰だと思う?(笑)」ってやり取りするのってどうなのよ、って開始10秒でまずげんなりしてしまいました。

あと単純に一時間しかない尺でこれをどうしても押し込まなければいけませんか?という思いでいっぱいです。

 

そしてドラマ本編。

紅桜篇で多用されていた「顔を殴ったら面白い顔で面白いエフェクトがつく」「刀を振ると青い閃光が走る」「目が不自然に赤くなってギラギラする」、これがないだけでめっちゃまともに、かっこよく見えるんですね。

刀や戦闘に関するCGの演出は置いておいて、ギャグシーンで面白エフェクトがつくのが結構嫌でした。

原作やアニメでもちょくちょく凄まじい顔をしたり、集中線が入りますが、紅桜篇だと「顔だけで笑わそうとしてる」感の方が強く思えました。そりゃ小栗さんや1000年に一度の美少女が面白い顔してたら面白いよ、でもそれ以上に面白いところって銀魂は山ほどあるじゃないですか。いわゆるここで笑え!!と意図的に描かれたシーン以外でも、めっちゃ笑うことがあるじゃないですか。そういうのがなんか勿体ないなと思ってました。それこそ新八と武市のボタンのくだりなんかは「喋って声で聴かせて、表情と体の本当に細かい細かい仕草で笑わせられる」っていう典型的な例だと思います(その会話が新八と武市らしいかというと違うと思いますけど)。

小栗さんの演技も、紅桜篇よりもなんかあっさりしていてミツバ篇における銀時の「第三者」というポジションらしくてむしろ私は紅桜篇よりもこっちの小栗さんの方が好きです。こういう言葉で言い表せないような独特の空気や雰囲気をもっともっと押し出せばいいのに、変にアニメっぽさを意識したりしてたのが紅桜篇ではくどく感じました。

 

そして何よりも柳楽さん、吉沢さんの熱演が凄まじかった。

カブト狩りのシーンでも感じたのですが、台詞を発する際のイントネーション、テンポがすごく自然に入ってくるんですよ。アニメで演じられている中井さんにそっくりとかそういう訳じゃ(良い意味で)ないとも思っていますが、なのに「ああ~、土方さんっぽい!」と感じられました。凄いですよね、あんな短いシーンなのに。

あと公開前から沖田君独特の江戸っ子口調って地味にかなり難易度高そうだなと思ってましたが、それもとても自然に感じました。沖田君の江戸っ子口調も「てやんでい!!」みたいなチキチキこってこてのものでもないし、かといって普通のですます口調ともまた違ったものですが、違和感なく受け入れられることにまず感動しました。

シリアスな場面が多くこの二人の口調や声色にどこか一つでも違和感を覚えてしまえばたちまち雰囲気がぶち壊れてしまうものが、私はすんなりと最後まで視聴することが出来ました。

台詞に関してはこのドラマでも結構な改変がありましたが、冒頭の沖田君が羊を数えるシーン、あと銀時が沖田君を友達と言い張るシーンなんかは「ちょっとそれ距離感近すぎませんか」とか「デキてますはやめてもらえませんか」とオタク神経をふわふわと逆撫でされました。

 アクションシーンも圧倒的に紅桜篇よりもこちらのドラマの方が個人的には良く感じました。

終始沖田君のバズーカばかりが活躍するのは残念でしたね。沖田君って真選組内でも1、2を争う若き剣術の使い手だという腕っぷしがとても魅力的で、ミツバ篇ラストでも土方さんと銀時が車を止め、「今のお前じゃ死ぬ」と近藤さんに言われる程のかつてない精神の揺らぎを乗り越えた沖田君自身の手で止めを刺すというのが良いよな…と思ってたので、爆発コントみたいに引きの映像で爆破して終わり、っていうのはあまりにも呆気なさすぎる…

あれだけ泣ける!泣ける!とお涙頂戴アピールをしていたのにも拘わらず全体的にかなり速足で、三話目なんかは悲しむ暇すら与えられていないような印象も強く、泣くもクソもないだろと思います。

紅桜篇の二時間(特に後半一時間)は正直かなりだらだらとテンポが悪く疲れるなあとも思ってたんですが、かといってこのドラマの駆け足すぎる一時間もどうなんですかね。

という風に突っ込みだしたらそれこそ紅桜篇だってドラマだってキリがないんですが、それでも幾分ドラマは落ち着いて最後まで見ることが出来ました。

 

銀魂らしい」「銀魂だからいいか」を盾にしている

 

ビジュアルブックを購入したので、他の雑誌、映画のパンフレットと合わせて読んでいましたがやっぱりどうしてもどうしても「銀魂らしい」をいいように持ち出してるようにしか見えませんでした。

この辺りを書くと最早監督の人格否定にまでなってしまいそうなのでとても難しい案件だとは思うのですが、それにしてもこういった台詞ではぐらかしたり、ゴリ押ししている印象がどうしても強いです。

前回の記事で書いた「楽して勝ちたい」事件も、

ボロボロの身体をおしてまで高杉の船に乗り込むと銀時がかっこよすぎる気がするから、もっと人間らしい部分を出したかった。源外さんというからくりのプロの元へ寄ったりしないのかなと思った。

とのことですが、いやここ一番かっこよすぎていいところです!!

人間らしさや少し弱いとこもちろんもちろん銀時にもありますが、こんな窮地の場面でそれを出す人じゃないと思うんです。桂さんとエリザベス、万事屋の命に何かあったかもしれないという場面です。自分が死ぬかもしれないけどそれ以上にもっともっと大事なものがあって自分の腕で救いたいから行くんじゃないんでしょうか…言葉では表しきれませんが私はそういう人だと思ってます。

実写ならではの演出ってそりゃもう作り手側の腕の見せ所だと思いますが、映像のためにアレンジしたらかっこいい、面白いところと、原作を重んじるところをしっかり押さえておかないと一気に別物になっちゃうんじゃないでしょうか。

とにかく作り手側と、ファンの期待やそれぞれに描いたキャラクター像とが全く噛み合ってないんだなと感じます。

当たり前ですけど漫画は漫画、アニメはアニメ、映画には映画の面白いテンポというものがあって、きっと漫画の台詞一字一句間違うことなくそのまま映画にしても予想通りすぎてつまらないと思います。それなら別にずっと漫画読んでればいい訳で。

だから映画用に台詞の変更やシーンの時間軸前後、演出の違いなんかはあって当然だと私は思っていますが、この映画は一番動かしちゃいけない、汚しちゃいけない大黒柱にチェーンソーで福田組見参!と掘って「これが銀魂らしいから!こんなハチャメチャも許されちゃう!」と言ってるような無粋で不誠実なイメージばかりを覚えてしまうんです。

 

あとはもう銀魂の映画なのに銀魂というワードよりも福田組というワードの方が飛び交っているのがずっと気になるんですよね。

そりゃ福田組が制作したんだから当たり前なんですけど、福田組で飲みに行ってとか福田組で誕生日を祝ってもらってとか福田組で一位取りたいとかもうお腹いっぱいです!!私銀魂見に来たのにあの黒ぶち眼鏡ばっかり見てる!!前を向いたら福田左を向いたら佐藤右を向いたらムロツヨシ!!舞台挨拶30分あって長澤さん3分も話してない!!もっと岡田さんの話とか聞きたかった!!ジャパンプレミアでほんのり滑らされて可哀想だよ!!と胸焼けしているところに撮影中も寝てたよアピールはそれもう高校生が俺今日3時間しか寝てないわ昨日4時間だし今週の睡眠時間20時間だわの奴です。普通に失礼です。

雑誌コラムの連載やほかのお仕事を複数抱えた中での怒涛の撮影現場ということは重々承知ですが、たぶんファンの人が聞いて喜ぶのって飲み会の報告よりも剛さんがどこのメーカーの剃刀で脛を剃られたかとか岡田さんが小栗さんとのツーショットで爆笑してるけど何言われたのとか空知先生が実際現場に来られたけど帰るまでどんなだったかのとか小栗さんと本当に目を合わせる事も出来なかったのかとかどういう風に脚本を練り上げたとかそういうんじゃないんでしょうか。

ビジュアルブックそのものはむちゃくちゃオフショットが多くて、役者さんの素の表情やスタッフさん達の様子や本編シーンとか違うアングルのカットもあったりCG加工前の制作過程があったりで見どころが多い本だと思います。

各ニュースサイトや公式アカウントでも取り上げられていますが、空知先生の直筆コメントが最後に何もかも持っていってくれるので最後のお布施だと思って購入されてみては如何でしょうか。

 

今回の映画について振り返る

 

前回のブログを読んだ方に「辛辣では?」と言われたりもしたのですが、私以外で批判よりの意見を発表している方の感想に目を通していると厳しく追及しているものも多く感じました。

映画としての興行収入や成功したかなんかはさておき、観た人達の意見は(主にもともとのファンの間では)賛否まっぷたつ、といった印象です。(7月21日時点)

私は実写制作発表のころから公開された後の今まで、すべてでは無いかもしれませんが最低限の情報を追いかけてきました。

主に実写公式ツイッターアカウントですが、公開前から「なんでこんな言い方するんだろう」と感じることが度々ありました。そもそも制作発表の第一報がジャンプ以外のメディアでの発表であり、斉木実写に対しても「同時制作では?」という言葉に対して「二股じゃないですよ(笑)」と回答しているのを見てよくこのご時世でこんな不誠実な単語のチョイスを他人が命をかけて作り上げた物に対して出来るものだなと一人でかなりモヤモヤしていました。

あまり言い過ぎるとただの罵倒になってしまいそうですが、総じてとにかく原作へ対する尊敬や愛情を一切感じない、感じさせない表現ばかりだなと思っていました。

実写化されることにより、かなりの数のキャンペーン、イベントが行われましたが、そのどれもが他企業が中心となり制作されたものばかりですがとても楽しいものばかりでした。

特に京都ブルルン滞在記は、実際に私も初日に参加しましたが嵐電、映画村、壬生寺、映画館、アニメイトとたくさんの方が協力して作り上げられたものだと思います。各所で度々他作品のコラボはされているでしょうが、どこを回っても楽しく、特に映画村ではグッズ販売やフード販売もしっかりと毎日管理されていていついってもファンが楽しめるように準備してくださっています。公式アカウントでもこまめに制作秘話や、映画村スタッフの方が関連グッズを使って写真を見せてくれていますよね、そういうのを見るたびにファンとしてこんなうれしいことはないと常々思っていました。

USJでもキャストの方々がちゃんと銀魂を認知してらっしゃるんですよ、アトラクション内はもちろんコラボフードが販売されるカフェでも「エリーかわいいですよね!」「中身がおっさんのケーキ持ってきましたよ!」と声をかけてくださりそのプロ意識に感動したものです。そのほかにもマクセルは特設アカウントで銀魂勉強中!とツイートされていたり白十字も特別にミニボイスドラマが公開されてたり東急電鉄のアカウントはほぼ毎日更新されてましたよね、そういうのってちゃんと作品を知って、そのファンに向けて、新たに知る層でも楽しめるように企画されているんだと思ってます。そういう企画一つ一つが応援しててよかったー!!と思えるものばかりだったので、余計に愛の無さというか、冗談抜きで商売道具にされちゃった感を勝手に覚えてしまいました。

飲みながら銀魂について語るとか、正直我々ファンはもう何百回とやってる上に、読んだことない!知らないけど福田組最高だから1位にしてやってくれ!愛があるからこの人!と後から言われても、いや映画本編、銀魂じゃなかったし…鉄矢の死をお笑いシーンにするような人が何を…としか思えませんよ。銀さんはあんなこと言わないし高杉とあそこで戦うわけないしと次から次へとネガティブな感情が零れるばかりです。

そんなに銀魂が大好きならそれを全部全力で映画の中にぶつけてほしかった。いやぶつけてくださったのかもしれないけど私は全然それを感じ取れませんでした。

 

よく「別物として楽しめばいい」「空知先生の懐を潤すと思えば…」と見かけますが、映画を観てきたファンにそんな悲しい事言わせないでよとしか思えないんですよね。

もちろんそういった意見、感じた人達自体の否定ではありません、そこに至るまでの経緯とかもっと根本的なところに対する意見です。

今現在はかなり素直な感想を見かけるようになりましたが、公開当初はとにかく「SNSで拡散して!」「続編を作りたい!」「●●に勝ちたい!1位を取りたい!」という発信が多く、あまりうれしく思えなかったファンにとって息苦しい状況になっていたと感じます。映画だってドラマだってなんだって、面白ければみんな自然と友達に広めます、オタクって好きなもののプレゼンがとにかく好きだから誰に頼まれるでもなく勝手に広めます、同じ映画を何回だって、特典がなくたって観に行きます。私もアニメ版紅桜と完結篇は特典フィルムコンプリートの為にそれぞれ10回は観に行きましたしアホほど買った前売りで友達を誘って観に行きました。

それを役者さんを通してあんなにもアピールされれば、そりゃ言えないよ。楽しめなかったな、とかあそこはこう思ったな、とか、それすら言いにくいよ。

ただべた褒めするばっかりじゃなく、ただボロクソに言うばっかりではなく、改めて頭の中を整理しながら考えて考えて発表することはとても大事なことだと思います。そうすることで改めてここはこうだったな、よく考えたらあそこ結構よかったな、やっぱあのシーン大好きだな、とか発見が出てくると思います。

私は銀魂が大好きなので、同じく大好きな方たちの意見を聞きたいと思ってこの記事を書きました。

この実写映画の一連の流れはとにかく情報を追うのも大変で、その上喜怒哀楽人それぞれいろんな感情が爆発しつづけるので、めちゃくちゃ疲れると思います。その疲労のせいでもう何も見たくないよ、と思ったりみんなツイートでこういってるから自分は違うんだ、と思ったりして疲れてしまっても、いま銀魂の応援をやめてしまうことはとんでもなく勿体ない事だと思います。

ジャンプは毎週最高です、大銀魂展はもう愛の結晶です、10月からまたアニメやってくれます、グッズもどんどん企画してくれてます、何かをこんなに感情移入するほど好きになれるのは一生に一度あるかないかわかりません。だからいったんぼーっとして休んで、好きなものだけ選んでぐんぐん吸収して楽しんでほしいです。同じファンとして心からほかのファンの方と最後まで応援したいなと思います。

もしもこの映画がめちゃくちゃヒットしてがっぽりお金が入ったら、10月のアニメ放送後に最終章を4章くらいに分けて全部劇場版アニメにしてもらえればなと思います。あと漫画の方も完全版みたいなのも間違いなく発売されると思うので、なんんかもう全部金箔で出来て擦ると銀時の足の臭いがする装丁とかにして売ってください。あと一番くじ30シリーズとねんどろいど全キャラクター制覇、大銀魂展の全国常設展示、さいたまスーパーアリーナでの華祭りアンコール、空知先生のご自宅をパルテノン神殿にして十分な休養をとって思う存分チーズ蒸しパンになっていただければもう言うことはありません。

 

以上です。

冷静に振り返るとかいってちょくちょくぶちギレてしまいましたが言いたいことは大体全部書き起こすことが出来たと思います。

めちゃくちゃ長くなりましたが読んでくださりありがとうございました!

 

 

 

※2017年11月20日:誤字と一部分を訂正削除しました。

実写版映画銀魂を許せない

※映画本編の内容をネタバレしています※

※かなり批判的な内容です※

 

 

実写版銀魂、ついに公開されましたね。

どれくらいの方が見に行かれたのでしょうか、私は試写会に当選したので全国公開よりも一週間ほど先に本編を観ることが出来ました。

その日以来ずっと試写会に一緒に来てくれた友達とだけ内容を語っていたのですが、公開されたということでこのブログを書くことにしました。

 

簡潔に感想を述べると、記事のタイトル通りです。

あの映画だけを見て、銀魂という作品をああいうものなんだと思わないでほしい。

 

ワーナーブラザーズジャパンの公式ツイッターアカウントにも掲載されていた空知先生の文章を引用しますが

「メンバーが豪華だろうと原作が原作ですから基本泥舟。原作の実写化はイメージと違うと叩かれるのが常ですが、もう今さら何をやっても読者の皆さんの銀魂のキャラ像はブレないと信じていますし、ここに集まってくれた方々はそういう覚悟もした上で、それでも泥舟でもいいから銀魂に乗りたいと言ってくれた方々ですから、そんな人達の作るまた別の形の銀魂ならコケてもいいから見てみたいな、見てもらってもいいかなと思ったのが実写化をうけた僕の率直な気持ちです。」 

 

まさに空知先生らしいコメントだなと、読んだ当初感じました。

実写制作発表当時は、もうめちゃくちゃショックで吐き気が止まらなかったものですが、段々キャストの方々の写真が公開され情報が解禁されていくと「お…?もしかして…?」と徐々に怒りも静まってきたし、三月の華祭りではちゃめちゃに笑ってグチャグチャに号泣しムビチケを何枚も買い特集記事が掲載された雑誌を買いそりゃもうウキウキで京都嵐電とのコラボスタンプラリーにもUSJのコラボアトラクションにも行きました。死ぬほど浮かれてました。

現在、原作はジャンプで連載中ですが、終わる終わる詐欺でも何でもない、本当の最終章の真っただ中です。

13年応援してきた漫画ももう終わるんだな、こんなにも最高の漫画を応援してその最後の一瞬まで見届けられるんだな、としみじみしながらも、どうしても湧き上がる寂しさを怒涛のコラボやキャンペーンやグッズ展開で元気づけてもらっていたのですが、いざ観てみると「なんでこうなったんだ」という言葉にするにはあまりにも大きすぎる負の感情だけが残りました。

 

今回実写映画のストーリーとして取り上げられたのは原作ファンの中でもとても人気が高く、また銀魂という作品を通してもとても重要な長編シリーズの一つ「紅桜編」です。

映画公式サイトや各メディアであらすじが紹介されているのでここでは割愛しますが、銀時と高杉、そして桂の過去がはっきりと描かれた物語であり、主人公の銀時を知るにあたっては欠かせないものです。

 

本編前半は、登場するキャラクターの紹介パートのような構成になっていましたがほとんど「もともと銀魂はどんな作品か、どんなキャラクターが登場するか」を知っていることが前提に作られたようなもの。

人間関係やそのキャラの特徴なんかも名前とキャッチコピーだけが映されるのみで、まああんまりいないとは思うんですけど知識ゼロの人が見たらコスプレした芸能人がいっぱい出てくんな、って思われそうなものでした。

その後場面は、将軍様のペットである金色のカブトムシを万事屋と真選組で捕獲に奔走する「カブト狩り」へ。

特に万事屋に向かって内密であるはずの将軍様のペットについて近藤さんが馬鹿正直にべらべらしゃべってしまうのを、土方さんが小刻みにツッコミを入れるシーンは各雑誌のインタビューでもその日の撮影で一番笑いが起きたといわれているほどクオリティが高くテンポの良いギャグシーンで、その後の桂さん登場からの真選組モブ隊士を一人でなぎ倒していくシーンはそりゃもう優雅すぎる捌きっぷりで、もはや狂乱の貴公子というよりは普通にイギリスのプリンスって感じで中々わくわくしたのですが、それ以降がも言葉も出ないほどにひどい。

 

もう突っ込みだしたらキリがない。

一人称が私だったり俺だったりする桂さん、PS2みたいなグラでCG丸出しの定春、着ぐるみの縫い目丸出しのエリザベス、妙にねちっこい責め方と変なぶっ壊れ方したお妙さん、「死ぬなよ」とまず言わないことを口走る土方、ていうかそもそも真選組が絡む話じゃない、原作にまるでない上に銀魂っぽくもなんともないアドリブシーン、演技もキャラもクソもないただの佐藤二朗

似蔵が出てきた辺りからかなり冷めてきており、劇場内に響く笑い声を聞いていたんですが、圧倒的に監督によって脚色されたり付け足されたオリジナルシーンでの方が笑い声が大きく、というかそもそも銀魂本来のギャグシーンだけ妙に印象が薄く、流すように演出されてる気すらしました。

ここまではまあ、正直実写に対して嫌悪感しかない古参信者の難癖じゃねえか、と思われても仕方ないのかもしれませんが、一番ショックを受けたのは本編後半、銀時がいよいよ高杉率いる鬼兵隊潜む船へ乗り込もうかというシーンです。

 

忽然と消えた桂さんの行方を追うために、紅桜を手に暴走を始める似蔵に重傷を負わされた銀時は傷だらけの身体を引きずって(原作紅桜編には一切登場しない)江戸一番のからくり技師、平賀源外の工場へ向かいます。

身体を紅桜に乗っ取られはじめ、もはや人間をはるかに逸脱した力を得てしまった似蔵に対して「勝てる気がしない」と愚痴る銀時。そんなこと言うなよと雑に励ます源外、そしてさらに一言、銀時の口から

 

「楽して勝ちたい」

 

あの、あの銀時が、この状況で、楽して勝ちたいと。なんか楽に勝てる武器とかないのかと。相談に来るわけです。

上述しましたが桂さんは無事もわからぬ状態、エリザベスも桂さんの死すら過る中懸命に捜索、新八もエリザベスに加勢し鬼兵隊に属する過激派浪士達がうろつく港へ潜入、神楽ちゃんは定春へ伝言を残し単身高杉の居る本丸へ乗り込み、赤い弾丸と恐れられる来島また子の凶弾に倒れたというピンチの真っただ中です。

銀時はその間、似蔵から受けた傷により昏睡状態に陥っておりもちろんここまでそれぞれの行方は把握していないわけですが、看病に来ていたお妙さんの不審な様子、誰もいない万事屋に不穏な気配を察しているわけです。

原作では、それでも動き出そうとする銀時を「新ちゃんも神楽ちゃんも、銀さんがいなくなったら困るから」とお妙さんなりに銀時の身を案じて引き留め、そんな気持ちはもちろん十二分にわかっているけどそれでも自分の死の危機よりも何よりも、彼等を救うべく瀕死の身体を引きずり高杉の元へ向かう、という本当にこんなブログの一文では説明出来ないほど、銀時らしい粋で渋くて一本筋の通った武士道と、お妙さんの「バカな男」と言いながらも黙って傷だらけの銀時を見送るいじらしさが垣間見られる場面になっています。

その前振りも銀魂らしさも本編の物語も何もかもぶん投げて、「楽して勝ちたい」という一言だけでこの一連の件を描写されました。

 

いや、銀時っていわゆるジャンプらしい主人公ではないですよ。

糖尿病寸前だし目は死んでるしちゃらんぽらんだし足は臭いし家賃は払わないし給料も払わないし、でもやる時はやる。自分の中で決めた武士道は死んでも曲げないし、曲げるくらいなら死んだ方がマシだってくらい、それくらい自分に限らず他人の信念や意志を重んじる人です。

というかもう、ここじゃ描ききれないくらい複雑で一言で言えないようなキャラクターだなと常々思います。銀時はこんな奴なんだって言いきっちゃったら、もうそこで銀魂は終わるし魅力も失うくらいだな、と個人的には思ってます。

そういう人が、めちゃくちゃしょうもない事をやってたり、かと思えばとっても真摯だったり、そういうギャップが銀時だけではなく、この作品全員の持つ魅力というか、ファンを引き付けて離さない何かだと思うのですが、彼らはみな絶対に「これだけはやっちゃいけない事」「これだけは貫き通さなきゃいけない事」ってのを、言葉ではっきり示しはしないけど態度や行動で示して守り続けてると思うんですよ。

そういう「線引き」であったり、「武士道」というものを、読んでるうちに読者は薄々気付いたり、こういうものなのかなと予想したりして描いていると思います。根底にその「絶対的な信念」を感じているからこそ、ふざけているシーンが何倍も面白く感じたり、ちょっとダメな部分や、短所と思われるような一面も殊更愛おしく、面白く、魅力的に感じるし、なんか許せちゃうんだよなとか、なんかもっとこのバカ騒ぎを見続けたくなるんだよなって感じるんだと思うんですよ。

くわえて、独特と言葉のセンスがまた一層癖になる。本当にその場で会話してるみたいに自然なキャッチボールなのに、よくよく読んだら200kmのとんでもない切れ味のストレートがいくつも交じってる、それがもうファンとしては堪らん訳です。ネットでよく「おいィィィ!!」なんて揶揄されてますが、もうこっちは体にボコボコその火の玉ストレートを食らっててそれどころじゃないしもっと食らいに行きたくて試合中にマウンド駆け回りたいくらい病みつきなんですよ。

この二つの要素と、空知先生の独特の世界観、価値観とまれにみるシャイっぷり、漫画への執念と情熱が籠もった作品だなと思ってます。

でもこの映画、それが全然ないんですよ、一つも感じないんですよ。表面の上澄みだけ掬い取って、あるいはそれすらせずに勝手に考えて付け足したり、もともと福田組でやってたおふざけを銀魂という舞台装置でやってるだけなんですよ。

ただつまらないとか、滑ったとかならまだいい。そうじゃなくてそういった悪い意味での「おふざけ」を「これが銀魂だ!」と声高に叫んでるのが何より悔しい。ただ一人の、一般人のファンなのに悔しい。銀魂じゃないのに。銀魂以外の別の何かなのに。

 

銀魂って確かにアニメでむちゃくちゃしてるし、ゲロ吐くしうんこ漏らすしちんこも出るし、勝手にパロディもするけど、やっぱり「これだけは何があろうとも揺るがない物」っていうのがあって、そこを軸にギャグやったりふざけたりするからああ面白いな、と感じるのであって、何にも土台がないところで勝手にふざけて、そのノリで「楽して勝ちたい」とか言っちゃって、それでもっともらしい台詞言われたってなんの説得力もないんですよ。なに言ってんだお前ってなるでしょ。なんでそんな怒ってんだよとか、もう真選組に任せればいいじゃんってなるでしょ。

原作でもちょくちょく「お説教」とか言及されてますが、銀時って正直お前みたいなだらしない奴に説教されたくねえよと思われるギリギリのところにいると思います。

見る人によればどんだけ過去に何かあってもこんなだらしねえ主人公に魅力なんてないよ説教臭いよ!で一蹴されてもおかしくないのを、「これだけは何があろうとも揺るがない物」を貫き通しているから応援したくなるし好きになるし、原作世界のキャラクター達も悪態つきながらも一緒にいるんじゃないかな、って私は思います。

 

このシーンは本当にそういうものを全部台無しにするシーンだと思います。

二時間という短い映画作品の中で言葉で説明できない信念の部分を詰め込もうと思ったらなかなか難しいものかもしれませんが、アニメ映画版紅桜では放映したアニメの総集編仕様とはいえ最後に伝説の銀時と桂の共闘シーンを含めて見事に96分でまとめていますし、完結篇では空知先生書下ろしの完全オリジナルの、未来と過去を行き来する複雑なストーリー構成となっていますが110分でもうめっちゃくちゃ濃厚な映画になっています。

ちょくちょく出てくるアドリブシーンやら、私が脳の血管がキレそうなほど激怒してる件の楽に勝ちたいシーンなんか削ればもっとうまいこと出来ただろ、としか思えません。

アニメ版の演出やカットをかなり意識してるなとは思いましたが、妙なとこでアニメにこだわって実写で出来るであろう演出が潰され、大事にしなきゃいけないとこで原作を蔑ろにしててもうむちゃくちゃで何をメインディッシュで見せたいのかさっぱりわかりませんでした。

一番最初に書きましたが、知識ゼロの人が見たらちんぷんかんぷんだし、原作ファンが見たらなんでこんな改変されてんだよと感じるし、なんとなく知ってる人や俳優さんのファンが見てもお世辞にも映画全体を通して(特に後半)のテンポは一本の映画として面白いものなのかと疑問に思います。

ジャパンプレミアもかなり楽しみにしてライブ配信を観たのですが、もう今後あるかないかわからない豪華キャスト陣が一同にそろった貴重な場であり、全国からも必死の思いで抽選に応募した各ファン、凄まじい人数の記者が来ているにも拘わらず終始司会進行の方や回答するキャストの発言を遮り無茶苦茶にして、その様子すらも「銀魂らしくて最高のプレミアでした」と片づける神経にもう腸が煮えくりかえりました。

ジャパンプレミアでも映画本編でも、自分たちが楽してふざけていることを、「銀魂らしい」という言葉を盾にしてそこで起きた笑いを「銀魂の笑い」にしていることが許せません。銀魂の笑いは一本筋の通った武士道という土台の上で起きているものだと感じます。不誠実さやただただふざける行為は笑いですらないと強く思います。

銀魂は作品の性質上こけても成功してもおいしい、なんて言われてますが、怒りの感情が生まれるだけでこけても成功しても笑えないよ、というのが率直な本音です。

こういう怒り丸出しのブログを世に発表することもよくないかとは思いましたが、このままだとあの監督に続編という悪夢を生み出されそうなこと、あまりにもひどすぎる内容に怒りを抱えきれずに言葉として発散しました。

続編が作られない事だけを祈ります。